2011 3/14
『東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災)』
被災に遭われた方々、お悔やみ申し上げます。亡くなられた方には、心からご 冥福をお祈りいたします。
「・・・・(あぁもう終わりか.....たのむ!!もうとまってくれ)」...ゆっくり揺れた後に床がグニャグニャと波打った。。
・・・すぐにバイクを飛ばして、実家へ...実家の中庭にバイクを停めた瞬間、またも地面が大きく揺れてなんとか踏ん張れた....階段を駆け上がり7階へ...扉を開けるとひっちゃかめっちゃか...暗い居室にヘルメット被った母が立っている...散乱した物をどけて...怪我などはないようでホッとする...一番大切な薬と僅かな貴重品と携帯電話をバッグに仕舞い..念のため中庭に避難を開始....膠原病の母は脚がとても悪い..一段一段降りるのも負担が大きい...時間をかけて広い屋外へ...身内の安否確認がなんとかとれた。
・・・・少し落ち着き..日が暮れる前に家に戻し、靴をはいたままにし...少し片付けを...大丈夫そうだと思ったが、母はパニックだと分かった..当然だが。
今すべき事ではないことばかりする、そして僕に頼んでくる。。座ってくれと懇願するもきかない。。。何とか落ち着かせ座らせ...
自分も家のことが心配なので待機させ、帰ってまた戻って来ることを告げると...
「にんにくを持って帰って ほら にんにくを にんにく」...今は要らないと言ってもきかない....パニック母ちゃん。何言っても聞かないので、にんにくを抱えて帰宅....
TVをつけ状況を確認...片付けをし...方々から連絡が入る..こちらも少しあわて気味...ひとつひとつクリアし何とか収まる。
・・・
24時近くになって2km離れた駅まで妻をバイクで迎えに行く...国道は大渋滞....バイクの便利さが本当にありがたいと思った。
・・・その後、妻には寝てもらって一晩中起きて直ぐに動けるように待機...夜があけ、茨城と長野の友達に連絡を..無事との連絡があるも茨城の友達はしばらく仕事が出来そうにないと...他にも身近な方々に連絡をし皆大丈夫との連絡をもらいホッとした。...午前中にまた実家へ..片付けをし、施していたが念には念をと家具転倒防止工事をし、そのあしで買出しを...妻には少し寝てもらい...その晩、朝二日ぶりにシャワーを浴びて寝ました..昨日も今日も服は着たまま寝ています。何かあってもすぐ動けるようにしばらくはこのままでいようと思う。
・・・・日曜日の昼、母からTELが...「スーパーに行ったんだけど、地面のブロックがガタガタ。柱も下がボロボロになっているよ...やはり震度6はあったんじゃないかなと思うのよね....あっそうそう、またひとネットにんにくを買ったからすぐとりに来る?」
とりあえずにんにく食べておけ、身体にいいよとは言われても...「そんなに食べられないから・・・」
・・・・・真意はそれではないのは分かってる。 |