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2024 7/6 『弦巻川の水源 池袋丸池<成蹊池>から北西の西池袋公園・立教通り方向へ延びる水路 元池袋公園から元池袋史跡公園へ』

『生活と文化』豊島区郷土資料館研究紀要 第一八号 丸池(「池袋地名の由来の池」)談話成立に関する文献的考証・・・青木哲夫より引用ーーーーーーーーー
「東京府下高田町北部住宅明細図」 丸池をこえる弦巻川の上流
一九二六(大正一五)年発行。高田村は一九二〇(大正九)年、町制施行によって高田町となっている。この地図には、東京鉄道中学と成蹊学校の間あたりにやや大きな池と思われるものが描かれ、その脇を池ともつながって、川がある。この川は北西方向から山手線をこえて雑司ヶ谷方面にむかっており、弦巻川であることがわかる(なお。池は完全に高田町(旧雑司谷村)のうちにある)すなわち、弦巻川には丸池(成蹊池)をこえて、さらに上流があることになる。先にhの項でふれた『成蹊実務学校 教育の想い出』と『成蹊学園六十年史』に掲載されている図と符合する。実は近世の村絵図の一つ「池袋村絵図」には、雑司ヶ谷村境近くから北西に延びる川が描かれており、畏友・伊藤?直氏(現豊島区文化財係)の比定によれば、現立教通り辺まで来ている。この川と弦巻川とが同一であるかどうか決め手はないが、「東京府下高田町北部住宅明細図」、『成蹊実務学校 教育の想い出』、『成蹊学園六十年史』の三図(上から1−3枚目)は、時代は異なるものの、有力な傍証となるであろう。とすると、近世の丸池についての記述中、弦巻川の水源としているものは、現地の池を自ら見てのものでないかとの疑いが濃くなる。
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丸池の名の由来については諸説あるので割愛するが、かつてここに大きな池があって、雑司ヶ谷などの村人の生活にはなくてはならない生活用水だった。
丸池の上流は、記述の通りに現西池袋公園の隣りを流れて、立教通り近くまで水路が延びていたという。その当時の地形は現在でも確認でき、西池袋公園が高くなっていて、前面の道路付近がかつての北西へ延びる水路で、高低差の地図や村絵図と合成したもの(一番下の地図)などを見るとよくわかるだろう。湧水地点が後退したのか、もしくは雨水等が丸池に流れこんでいたのかは不明。

前にも書いたことがあるが、今から40年近く前、西も東も池袋が開発行為で町が変化しているのを見てきていて(今もですね)、また雑司ヶ谷のスケーターの友人が「昔ここに大きな池があったんだよ、信じられないよねこんな街中なのに」と言ってたのを憶えている。かつて水がはってて池だったような窪みの公園のような空地をなんとなく憶えている。

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■池袋 四面塔尊 辻斬残骸 無縁仏の供養 池袋村 高田道<四ツ辻付近の追はぎや辻斬> 【2023年3月10日 加筆:<「何か落したのですか?」と、奇妙なことを尋ねる日傘の女性>】
■中山道と川越街道起点の平尾追分 高田道と川越街道の四ツ又
■古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)
■板橋区板橋2丁目高田道沿い 子易神社<胸突地蔵 別名身代わり地蔵> <狐山>と<高稲荷山>に住む狐と金井窪のきつね色の水
■板橋区板橋2丁目・大山金井町 高田道 金井窪の峠(高稲荷山の切通し)
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■池袋一丁目(旧 西巣鴨町池袋) 平和通り商店街<古道 高田・雑司谷道>沿いにある池袋の森(島田牧場跡地) ユリノキとトンボ池(湧水)/谷端川 島田牧場支流・島田屋敷支流
■雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
■歌川広重 [江戸高名会亭尽(えどこうめいかいていづくし) 雑司ケ谷之図 茗荷屋] 豊島区雑司が谷 鬼子母神参道 欅並木<雑司ケ谷之図 茗荷屋 考>
■ルポ アンダーワールド池袋 <守られた私たち 〜池袋駅東口乗用車暴走事故〜> わたしのランニングコース&パークドランカーズ

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