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2022 12/30 『令和四年も終わり<良いお年をお迎えください>』

今年の1月初っぱなから色々ありすぎて、気づくと12月になってたような速度で日々が通過していった。
約10年前から....そしてこの6年間は自分でも思うが、心身共によく倒れなかったと今思っている。仕事と親のこと以外あまり憶えていないし、特にこの2年は追い打ちかけるようにまた難が続いた。
文字どおり、難があることが有り難いということですね。幸せな時でもあった。

「また逢いましょう」

好きな言葉です。

さて、正月は5年ぶりくらいだろうか、神奈川県中郡二宮町(小田原の近く)へ訪問。そしてその2週間後にはもう一山越えて一区切り。
昨日の続きは今日の続き、今日の続きは明日の続き....年跨ぎでまだビジーでもあるので、もう一踏ん張り。

コロナにインフルエンザ、十分にディフェンスを。

良いお年をお迎えください。

※今年の今日時点のランニング:合計距離716.2km・月平均59.7km

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■母の日、栄養をつけて痛みよ飛んで行け<超大盛り豚汁 (豚バラ、にんじん、大根、ごぼう、たまねぎ、ジャガ、きゃべつ、もやし、油あげ...味付けは適当、出汁はよくきかせて味噌うすく)・大盛りにんじんしりしり・カブの浅漬け・大盛りサラダ・キャベツ焼き
■町民を癒し見守る大山福地蔵尊
■巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩(子育地蔵尊) 実弟を重ねて
■大塚原(板橋区赤塚一丁目、赤塚新町一丁目) 赤塚大塚原遺跡 <消滅した八つ程の大きな塚>と<地名 馬喰谷戸> 赤塚・成増での母との思い出と激安洋品店<のとや>での良品発掘
■弘法大師にまつわる伝説の水 弘法水 大分県豊後高田市黒土<椿堂 遍照院>

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2022 12/27 『Odloのウインドブレイカー ¥13200が¥999で』

夏頃だったかな...
ヴィクトリアのセールで見つけたベンチレーションも付いているランニング(トレイル)ウインドブレーカーがこの安さでオレンジ色SML、ブラックSML、それぞれメンズウイメンズがあった。
生地は薄くて軽いから小さく折り畳めるけど、熱には弱いはずなので、火の近くには危なくていけないでしょうね。高い上代にしたから、他社の同グレードと比較対象されて、知名度などもあり売れ残ったんだと思うが。
この時季の昼から夕方にかけての気温や意外と風が強かったりと、読めないこともあるので、フードに折り畳んでインして走っている。
良い買い物でした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーWEBから引用
1946年ノルウェー発祥。
スイスに拠点を移し、革新的な高機能スポーツウェアを開発する老舗ブランド、Odlo(オドロ)。
ブランドの根底にある精神は、ONE STEP AHEAD(常に一歩先へ)」。
まだ「スポーツアンダーウェア」という発想すらなかった時代に、その重要性を説いてプロダクトを生み出し、ODLOが提唱した「3層レイヤリング」の考え方は、今やアスリートの間では常識となっている。
革新的な技術やプロダクトの創造を可能にしているのは、妥協を許さないモノづくりへの姿勢だ。
トップアスリート達と意見交換を重ね、本当に役立つ機能を徹底的に追求する。
素材の一つひとつを厳選し、必要とあらば一本の糸から開発することすら厭わない。
近年はデザイン性にも注力し、デザイナーはインスピレーションを求めて世界中を飛び回っている。
すべてはスポーツを愛する人々に、新鮮な驚きとホンモノの快適さを届けるため。
2018年。常に一歩先を走り続けてきたブランドの次なるストーリーが、日本ではじまる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー

ランニングを生活に取り入れて13年半になった。
ランニングシューズは移動のためのツールでもあるので、とにかく生活が便利になった。
先日、板橋区の成増(隣りは埼玉県和光市)に行く用事があって、ほとんど止まることが無いと言われる三田線に乗ったところ、線路の点検か何かで運転中止になっていて、こういう時に大変に便利なのが、ランニングシューズ。乗らずに走って帰路についた。走った方が早いとはこのこと。

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■二年前の夏の君たちと今の僕たち
■NIKE <Dri-FIT UV チャレンジャー ハイブリッド ランニングパンツ>と<GYAKUSOU GIRA[NIKE×UNDERCOVER]>
■NIKE PRO 70%OFFのタイツ

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2022 12/23 『瀬田家跡地 集合住宅新築工事に伴う大山福地蔵尊改修工事』

板橋区の大山付近の住民には名が知られている名家が、ハッピーロード大山商店街の出入口の旧川越街道沿いにあった。外からは閉ざされている大きな屋敷で、大山に住んでいた幼い頃には不思議で近よりがたい大きな家だなぁとよく思っていた。
この何年か前にデベロッパーに土地が売却され(たという)、集合住宅が建設されている。地図の黒丸部分、この土地の一部に大山福地蔵が祀られていて多くの参拝者が訪れ、前面道は福地蔵尊通りと名づけられている。
この付近は鎌倉街道と旧川越街道が交差する交通の要衝で、昔から今も人々が集う場所で賑わっている。
建立の由来は下記の過去記事を読んでいただけると、地域住民の皆さんにいかに大切に守られているかがわかるかと思う。

新築工事に際し、福地蔵尊は一時期移動され、少し前に元の場所に戻ってきて整備されたが、まだ少し寂しい様子。
ここには参詣者のノートが置かれていて、多くの祈りや感謝のお礼が書かれている。近くに大学病院があるので、願掛けをしている方も多いように思われる。
瀬田家、恩田家、栗原家、吉岡家、石川家、大野家などがこの地域では名が知られている。

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■町民を癒し見守る大山福地蔵尊
■上板橋宿と大山福地蔵尊

■豊敬稲荷神社 旧上板橋宿概要図
■上板橋宿にあるかつての“板橋”の親柱と距離の札
■板橋区弥生町 上板橋宿 豊敬稲荷神社の玉垣に刻まれた瀬戸川牧場
■板橋区立郷土資料館 連携協定記念展 <渋沢栄一 高島秋帆> 上板橋宿 下頭橋六蔵祠の扁額<博愛> 子爵 渋沢栄一

■板橋区大山町 山中通り商店街(大山道・小松屋横町道)  補助第26号 むかしの大山西銀座商店街(大谷道) とハッピーロード大山商店街・大山サンロード(遊座大山商店街)の町並みと思い出 山中の村人と板橋宿の開拓と整備(2022年2月22日加筆・写真追加)

■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道) 千川上水に架かる<かち橋>
■板橋区仲町 轡神社近く 鎌倉街道沿いの庚申塔
■板橋区仲町(旧 山中) 鎌倉街道沿い 徳川家康の乗馬のくつわを祀ったともいわれる轡神社
■鎌倉街道と新旧川越街道の交差点にある手押しポンプ(井戸水)

■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>


■巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩(子育地蔵尊) 実弟を重ねて
■電話番号の表札 ◯◯方・◯◯◯◯◯呼出 ◯◯ 電報
■母を訪ねて1里28町 大分県豊後高田市呉崎から<すいか>の贈り物

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ここをクリックすると下に【過去記事2<地域史(歴史)・史跡遺跡(古墳 塚 石仏 社寺 城跡 陸軍 )・文化財・宿場・上水・旧道/古道・坂道・廃線跡・都市計画・出桁造り・ルポなど>】のリストが展開します。
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2022 12/20 『怒濤のごとく過ぎつつある師走』

やることが多くて大変。

さて、栄養をつけてよく寝ることが大切。

写真1枚目:日清 <これ絶対うまいやつ>。このシリーズ、まぁまぁおいしいですね。麺もなかなかです。

2枚目:玉ねぎと揚げナスのアンチョビパスタ。業務用スーパーで売っている揚げナスがなかなかおいしいので、アレンジを。アンチョビは100均ので十分おいしい。

3枚目:そぼろ丼、三色丼(四色丼)。カブの茎はごま油で炒めて...カブの浅漬けを多めにオン。ピーマンと塩昆布の炒め煮も。自分が幼い頃、仕事で忙しくてもよく作ってくれたこれこそ母の味。今はもう食べられないから自分で作っている。全く飽きない丼ものです。

4枚目:ジャガイモ多めのドライカレー。優しい仕上がりになりました。ドライカレーは簡単なのでよく作ります。

さてさて、もう一踏ん張り。

正月に要介護の高齢者に会いに行くので、今年も恒例の忘年会は結石、欠席かな。

ぐぐっと寒くなってきましたね。ご自愛ください。

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■検査 青いフィルムを使う時の姿勢
■板橋区加賀 帝京大学医学部附属病院前 都市計画道路補助第87号線 北区上十条3丁目<本郷通り(本郷赤羽線)>へ開通 十条駅西口再開発と補助73号線
■大塚原(板橋区赤塚一丁目、赤塚新町一丁目) 赤塚大塚原遺跡 <消滅した八つ程の大きな塚>と<地名 馬喰谷戸> 赤塚・成増での母との思い出と激安洋品店<のとや>での良品発掘
■家族が好きなミートソース 母へ<ひじきと厚揚げの煮物>を
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■栄養を摂ってもうひと踏ん張り
■怒濤のごとく過ぎた長月神無月霜月

■巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩(子育地蔵尊) 実弟を重ねて
■電話番号の表札 ◯◯方・◯◯◯◯◯呼出 ◯◯ 電報
■町民を癒し見守る大山福地蔵尊

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2022 12/9 『板橋区赤塚八丁目 松月院門前 赤塚明神の山<荒れ墓・荒れ塚 板橋区No.141遺跡(141)[古墳]>と<二つの塚>』

●いたばしの昔ばなし<三六、荒れ塚から赤塚>より引用ーーーーー

松月院の入口の門の右前をみますと、青石の大きな記念碑が立っております。「赤塚村自治記念碑」で、赤塚村が出来た時のお祝いのしるしに立てられたものです。この記念碑が立てられる前には、ここに大きな山があって、大木がいっぱい生えていました。
ずっとむかしから、この山を、このあたりの人たちは「荒れ墓“あれはか”」とか、「荒れ塚“あれつか”」とか呼んで、こわがって近よりもしなかったといわれます。
「荒れ塚」の呼び名が、いつのまにか「あかつか」「赤塚」となったといいつたえられています。
親たち子供に 「あの山へは、忘れても近づくなよ、あそこの木の枝にさわると手が折れてしまうぞ。」「おっかねえぞよ、こわいぞよ、近よるとたたりがあるとよう・・・」
こんな気味わるい、おっかないうわさが、明治時代までつずいておりました。
明治時代で一番有名だった講談師の円朝という人が書いた怪談「乳房榎」という幽霊のお話が、ここの荒れ塚に生えていた榎を題材にしたといわれます。
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江戸名所図会7巻 <松月院 大堂>に描かれている<赤塚明神>の山が、この荒れ塚のことで、赤塚8丁目、板橋区No.141遺跡(141)[古墳]に登録されている。
上記の昔話のとおり、削されて現存はしていない。また、この古墳の向かいの赤塚7丁目には2つの塚、時代不明のNo.139遺跡(139)[塚]とNo.140遺跡(140)[塚]があったとも登録されている。
赤塚という名の由来は上記の言い伝えもあるが、この地域は関東ロームの赤土が至る所で見られたからとも伝わる。

●いたばしの昔ばなし<五三、二塚のはなし>より引用ーーーーー

赤塚三丁目に「二塚(ふたつか)」という地名があります。大へんめずらしい地名ですが、その名の起りのお話いたしましょう。
それは今から五百年も昔のころのことです。世の中には大へん乱れていて、日本国中の方々で毎日のように戦いをしておりました。さむらいの大もとじめであった足利将軍が、すっかり力がなくなってしまった国中のさむらいたちを抑える力がなくなってしまったためです。さむらいたちは、たがいにいくさをし合って、金や物をうばいあい、土地を勝手に自分のものにしていたのです。
そんなころに、赤塚村にも、大きないくさがありました。
たくさんの人や馬が死に、こわれた弓・矢や、折れた刀などがずいぶん捨てられてありました。それらがいつまでも赤塚の野原にほうってあって、雨にうたれ風にさらされていました。村の人たちは、これを見て気の毒に思って、みんなで相談してていねいに埋めてやることにしました。二つの穴を掘って人や馬のなきがらやこわれたいくさ道具を集めてそこに入れ、土を盛って「塚(つか)」(お墓のこと)を作ってあげたのです。
それから後、この二つの塚のある所を「二塚(ふたつか)」と呼ぶようになりました。
今から百年ぐらい前までは二つの塚が残っていましたが、そのうちの一つはいつの間にかこわされてしまって、今では一つしかありません。それでもこの塚のある所を「二塚」と言って、人びとは昔がたりを伝えています。
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この二塚の地名がある赤塚三丁目は、荒れ塚(古墳)の前の松月院通りを西へ1km程のところ。
荒れ塚(古墳)の向かいにある二つの塚とも関係があるのだろうか。

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■板橋区赤塚六丁目 板橋区No_139遺跡 古墳<塚>の上に造営された八幡神社
■板橋区赤塚四丁目 板橋区No.135遺跡<赤塚氷川神社富士塚>
■板橋区南常盤台 天祖神社の西にあった<猫塚>と<狐塚>、小茂根四丁目の<猫塚(ねこ塚)>、大和町(根村)の<狐塚>
■板橋区東山町 板橋城跡の候補地のひとつ長命寺 赤塚城跡(築城主は千葉自胤)
■板橋区 志村古墳群<お伊勢塚古墳> 2022年1月13日加筆
■板橋区志村 熊野神社 志村古墳群 板橋区No_159遺跡<塚(古墳)上に建てられた社殿>
■板橋区志村 志村古墳群 板橋区No_157遺跡<塚or古墳>
■板橋区志村 志村古墳群<1号墳・2号墳>跡

■徳丸ヶ原 <弁天塚>と西洋砲術の実射訓練の際に高島秋帆が指揮した弁天塚に建てられた<記念碑> 三田線と昭和50〜60年代の高島平の出来事
■高島平の名の由来 高島流
■文京区向丘 大円寺 高島秋帆の墓
■“青天を衝け” 高島秋帆 松月院<高島秋帆先生紀功碑>と西洋砲術の演習地 徳丸ヶ原

■北区上中里 平塚神社(平塚城伝承地) 鎧塚古墳/甲冑塚古墳
■北区滝野川3 四本木稲荷神社/四本木稲荷古墳
■赤羽台古墳群 赤羽台第3号古墳石室
■北区赤羽北 稲荷の坂と赤羽台古墳群(赤羽台4丁目)
■北区赤羽西5 大塚古墳 周辺の古墳(天王塚古墳、稲付台古墳群など)
■王子七滝 消滅した王子 稲荷の滝後の“稲荷の崖線湧水”と王子稲荷裏古墳の狐穴(横穴墓)<十条台遺跡群>
■北区王子 飛鳥山1号墳
■北区滝野川3 四本木稲荷神社/四本木稲荷古墳
■北区上中里 平塚神社(平塚城伝承地) 鎧塚古墳/甲冑塚古墳
■北区滝野川3 滝野川古墳(都立王子総合高等学校敷地/旧王子工業高等学校跡地)
■北区王子五丁目(王子神谷) 甚兵衛堀の主<ヌシ>の大蛇がまつり込まれている庚申さま(<庚申塔>神谷橋庚申通り商店会) 古墳 観音塚
■駒込富士神社と古墳群

■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更) 2020年7月・10月と“おふじ道”
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社) 2022年11月 遺物の出土<勾玉?・土師器など 防空壕跡>
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社) 中十条公園<冨士講と冨士塚>

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ここをクリックすると下に【過去記事2<地域史(歴史)・史跡遺跡(古墳 塚 石仏 社寺 城跡 陸軍 )・文化財・宿場・上水・旧道/古道・坂道・廃線跡・都市計画・出桁造り・ルポなど>】のリストが展開します。
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2022 12/5 『接収刀剣 ー板橋に集いし赤羽刀ー<板橋区立郷土資料館>』

12月10日まで入場無料で開催されている展示会へ。

写真上から3枚目:大和守安定
4枚目:和泉守兼定
5枚目:正秀/電光

戦後、米国に奪取された貴重な刀剣類は、今の北区西が丘の国立スポーツ科学センター付近にあった火薬庫や武器庫で保管されていた場所にちなんで<赤羽刀>と言われています。
返してもらった刀もありますが、戦後の混乱ゆえに所有者が不明も多く、持ち主の元にはほぼ帰らなかったので、あちこちの博物館等に寄贈されたと。
展示会場では、刀剣女子と言われますが、女性の来館者も多かった。
うちの家系は武士だったので刀がいくつもあったけど、大男で呑兵衛だった祖父の酒代にすべて消えてしまったそうですが、それはそれで良いものです。

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